2011年05月24日

第3明神丸 着水

昨日AM、弊社所属船「第3明神丸」が無事着水致しました。
72日ぶりに在るべき場所に戻れて、本船も喜んでいる様でした。
復旧作業にご協力・ご尽力賜りました関係各位様におかれましては、
この場をお借りして深く御礼申し上げます。







とはいえ、まだ復旧に向けた第一段階をクリアしたに過ぎません。
完全な状態に戻せるよう、一歩ずつ前に進んでいきたい思います。

本船「第3明神丸」はこれまで震災の象徴の一部として多くのメディアに取り上げられてきました。
元の姿にすることで、「絶望の象徴」であったものが「希望の象徴」に変わった様を出来るだけ多くの方に見てほしい。そして、被災した皆様にとって未来への希望を持って頂く一端になれれば。
そう、切に願います。

「復興の灯火(ともしび)」になれるよう。引き続き元気出していきます。


宮城東部支部 鈴幸漁業㈱ 鈴木  

Posted by 促進会 at 22:54宮城東部支部

2011年05月24日

復興への道  被災地気仙沼の実情…


 はじめに震災当初より全国各地からいただいている温かいご支援ご協力に対し、被災地を代表して心から御礼を申し上げたいと思います。
 政府の基礎的指針がいまだ発表されないまま、震災から約2か月半が過ぎようとしている。被災地気仙沼では依然行方不明者の捜索活動が続いており、6月の魚市場再開を打ち出したにもかかわらず、津波にやられた魚市場周辺の冷蔵庫や加工場は、いまだ手つかずのまま水没状態になっているのが現状である。
いったいいつになったら事業を再開させることが出来るのか、また以前のように全国の漁船を受け入れられる状態に戻すことが出来るのか、はっきりとした復旧復興の見通しが立っていないまま現在に至っている。
 そんな中、まちの復興の第一歩ともいえる瓦礫の撤去作業が遅々として進まない。先日、地元の新聞などで報道された環境省調べによる気仙沼市の瓦礫撤去進行率は26%である。震災から2カ月半になろうというのに、いまだ瓦礫に囲まれて暮らしている私たちの実感ではそこにさえ到達していないように思える。
 いまだ手つかずの瓦礫の中には、まだまだ数多くの行方不明者の方々が眠っているはずである。二百日で瓦礫を撤去するというのだが、あらゆる手段を駆使して、この瓦礫撤去作業を当面の最優先課題として、工期などは設定せず一日でも早く終了するよう、全力で進めていただきたいと切に願う次第である。
 瓦礫撤去に関して、市や建設業界が言うように「地元企業を優先させる」「雇用を守る」「私たちの力だけでやる」という気持ちもわからないではない。平時ならそれもいいだろう。しかし、いまは取り組もうとしているのは過去に例のない大災害の後始末である。膨大な瓦礫の前では、まちの力はたかが知れている。米国やフランスの協力も得た福島第1原子力発電所の事故処理を引き合いに出すまでもない。他のまちでも地元優先発注をあらため処理を急いでいるように、外部の力に頼ることも考えなければ、復旧復興は到底成しえない。

 基幹産業の中心地であった港周辺を見れば誰もがこのスピードの遅さを感じるはずだ。応援に駆け付ける用意があるものたちを受け入れる体制をなぜつくらないのか、まったく理解不能である。震災当初、マスコミを通じて報じた、どこの地域より早く復興してやろうというみなとまちの気概はいったいいまどこに行ってしまったのかと嘆きたくなる。
 例年6月には全国から一本釣りのカツオ船が気仙沼に集まり、水揚げが始まる。港町の宿命として外からやって来る人たちの都合にもあわせて、環境を整えていかなければならない立場でもある。
 日に日に私たちとまちの行政との距離は離れていくばかりだ。震災から半月が過ぎたころ、市内では漁協や商工会議所などが中心となり、早期での復旧復興を願う民間各企業が集まり、新たなまちを創りあげるべく、様々な検討会や会議体、協議会が至る所で設置されはじめた。本来それを統括するべき、意見を吸い上げるべき役割を担うまちの行政にそんな我々の想いが届きにくくなっている。いったいどの様な工程でこのまちの復旧復興作業を行おうとしているのか、どういうビジョンを持って進めていこうとしているのか、依然わからぬまま時間だけがただ過ぎていっている。自分たちを奮い立たせていたやる気が徒労感にかわり、やがて失望にかわってしまうことを恐れる。
 私はこのみなとまち気仙沼の先導役を担ってきたのは間違いなく水産業界そして観光業界の方々であると思っている。まちの基幹産業に従事してきた先輩たち、仲間の考えは今後の復興プランの中で十分にくみ取られるべきだと信じている。
 日本全国そして世界各国を渡り歩き、国内外の名だたる水産都市を知っている水産業者そして観光業者の方々の意見も聞き入れながら、是非とも今後のまちづくり、復旧復興のビジョンを描いていただきたいと思う。とは言っても、これまでまちづくりを行政そして他の業界に任せっぱなし、自ら率先して参画してこなかった水産業界にも反省すべき点はある。しかし、いまは業界の垣根を越えて、みなとまち気仙沼の一日でも早い復興を目指し、官民一体となって、短期的、中期的、長期的に物事を考えながら、計画的に着実に前に進めていかなければならないときだと痛感している。
 いま気仙沼では大量の失業が発生している。いま、ハローワークに通っている水産業に従事してきた方々、観光業に従事してきた方々の切なる願いは、一日でも早い仕事場への復帰である。仕事がないいま、建築土木のアルバイトも貴重な収入源になる。しかし、それだけでは将来への希望がみえてこないのである。
 今まちには、愛する家族を失い、家を失い、働く場所まで失った方々が数多く存在する。そんな方々がこれからも私たちと共にこのまちで生きていくため、ひとりでも多く、このまちに残ることを願って、一日でも早く明るい未来を、夢ある未来を見いだせるよう、国、県、市が中心となり、これまでのまちの発展の歴史というものも考えながら、このまちの力を結集したまちづくりというものを是非とも発信していただきたいと思っている。想定したこともないような震災、津波を経験してあらためてこのまちが私たちにもたらしてくれていたものの大きさに気がついた。
 日本の力とは何なのか?日本の団結力とは何なのか?いまの無責任な日本を変えるため、本当の日本が復活するため、いまこの被災地気仙沼の団結力が試されていると私は思っている。まだまだ問題は山積している。しかし後ろばかり見てはいられない。千年後、このまちに暮らしている私たちの子孫にも誇れるよう、津波に負けない、世界一のみなとまち気仙沼を創りあげていくのは、生き残った私たちの使命である。
まだまだ先は長いが、これからも一日一日を大切にしながら、全国の皆様からいただいている温かいエールを力に変えながら、愛する故郷の復興を目指し、自社の再建そしてまちの復興へ向けて、自分にできる精一杯の力で、一生懸命頑張っていこうと思っている。
(水産週報6/1号掲載予定)


かつおまぐろ促進会 運営専務
(株)臼福本店 代表取締役専務 臼井壯太朗
  

Posted by 促進会 at 18:28促進会本部